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2026.10.23

(会員限定)善光寺の謎と魅力を知るツアーのご案内

善光寺のなぞを解き明かして魅力を見つけるツアーを企画しました。
会員限定参加企画です。興味のある方の参加をお待ちしています。
開催日:11月28日(土)午後
詳細は添付の案内兼申込書をご覧ください。
案内人:湯本和正

(以下、謎と魅力の導入です。)
来年は善光寺の御開帳が4月4日から77日間開催されます。(善光寺はなぜか七が好きです。)
回向柱が設置され、絶対秘仏であるご本尊の代わりの「前立本尊」と善の綱で結ばれ、柱に触れることによってご本尊の御利益を得ることができるとされています。
さて、善光寺を参詣された方は何をご覧になりますか?そして、善光寺の何を知っていますか?
恐らく仲見世通りのお店を見て、仁王門、山門から本堂に入ってお参りして帰るといった方がほとんどではないでしょうか。今回の企画は、普段気が付かないところや「なぜ」といった不思議なことが多い善光寺の一つひとつを見て歩きます。知らいないことを知り、来年の御開帳での参詣がまた違った思いでお参りできるようご案内します。

[善光寺の謎の導入の一部]
⮞創建当時からこんな長野(信濃)の片田舎に、全国から多くの参拝者が訪れる大伽藍が創建されたのはなぜなのでしょうか。しかも北は北海道、南は鹿児島まで100を超える善光寺と名の付く寺院があり、独特の形の阿弥陀如来(善光寺仏)が全国に400を超える分身仏として安置されているのはなぜなのでしょうか。
⮞善光寺はなぜか創建から少なくとも11回もの火災に遭い、時の権力者である源頼朝や徳川幕府などの庇護のもと、その度に復興され、現在の姿があることに何か意味があるといえます。
⮞ご本尊の阿弥陀如来さまは絶対秘仏となっていて、今生きている人で実際に見たことのある人はいません。本当に存在しているのでしょうか。また、御本尊様は、善光寺の創設を伝える「善光寺縁起」では、「三国伝来(インド、中国又は朝鮮、日本)」、「生身(生きている)の仏」、「本師仏(日本最古の仏像)」といわれていますが、本当でしょうか。史実からは釈迦如来が伝来されたとされています。
⮞ご本尊は、日本伝来当時の仏教布教派の蘇我氏と廃仏派の物部氏の狭間で翻弄され、物部氏により難波の堀に打ち捨てられ、それを拾い飯田の地に祀ったのが本田善光といわれています。(他の歴史書では、違います。)。阿弥陀如来は拾われましたが、脇侍の聖観音と勢至菩薩はどこへ行ったのでしょうか。
⮞善光寺本堂の真ん中に、本来なら御本尊の阿弥陀如来様が安置されるべきが、左側に安置され、中心には本田善光の息子の善助と「守屋柱」が建てられています。
⮞善光寺には聖徳太子が大きく関わっています。そして、善光寺縁起では、こともあろうか、時の天皇(皇極天皇)を地獄に落として、それを本田善光の息子の善助が地獄から救いだすというセンセーショナルな物語となっています。
⮞善光寺は周辺を諏訪社(建御名方神、八坂刀売神)に囲まれ、御柱祭も行われています。善光寺は諏訪大社と深い関係があり、諏訪大社上社の背後には物部守屋山と物部神社があります。諏訪大社上社から真北に善光寺があり、その線上の中間に北向観音があります。
⮞善光寺は無宗派の寺院ですが、現在は大本願(浄土宗)と大勧進(天台宗)が護持・運営し、両院の塔頭(たっちゅう)が寺領に存在します。特に大本願の塔頭の3院(堂照坊、堂明坊、兄部坊[このこんぼう])は、重要な役割を担い、諏訪大社、そして善光寺創建にも関わっているといわれています。
⮞仁王門の仁王像は配置が逆となっている理由はなぜでしょうか。そして、神社仏閣の縁起物の「破魔矢」は善光寺では「守護矢(しゅごや)」といいます。なぜでしょうか。
⮞本堂の幔膜(もうまく)等に描かれている紋が「立ち葵(たちあおい)」なのはなぜでしょうか。また、本堂の向拝に下がる提灯には「平柴村(ひらしばむら)」と記されている理由は何でしょうか。
⮞本堂の柱は煩悩の数と同じ108本で、欅と桂と杉で造られ、杉はわずか5本のみで、そのうち1本が守屋柱です。

まだまだ不思議なことが沢山あります。善光寺は史実ではふれてはいけない、明らかにしないことが善光寺のステータスなのかもしれません。

ツアー案内と申込書

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